住職のコラム(令和8年永代経 ~大行とは南無阿弥陀仏~  )


 ようこそ善行寺永代経にお参り下さいました。

 先人の皆さまが大切にされてきた浄土真宗の教えに遇い、ご一緒に「南無阿弥陀仏」とお念仏申す。今年も有縁の皆さまと大切に法要を勤められることに感謝申し上げます。

 

 2500年以上前にお釈迦様がさとりを開かれ、そしておおよそ800年前に親鸞聖人がそのさとりの中心を伝え、阿弥陀さまのすくいが南無阿弥陀仏と成就され、私のいのちの上にはたらいて下さっているとお伝え下さいました。

 

 それは、私が仏さまになるには「行」が必ず必要です。そのさとりの功徳で「仏」になると言うことですが(かなり大雑把です)その私が仏さまになる功徳である「行」をすべて阿弥陀さまが仕上げてくださって、その功徳をすべて「南無阿弥陀仏」に用意してくださったというのです。

 

「行」と聞くと思い出す話があります。だいぶ前にアーカイブのテレビ放送で「千日回峰行」の酒井雄哉師の番組を拝見しました。酒井雄哉師は千日回峰行を二度満行されている大阿闍梨です。千日回峰行は7年間かけて行なわれますが途中で断念することができない「行」であり、断念=死を意味するそうで、脇に短剣を持って「行」続けるそうであります。1年目から3年目までは、1日に30キロの行程を毎年100日間行じます。定められた礼拝の場所は260箇所以上もあります。4年目と5年目は、同じく30キロをそれぞれ200日。ここまでの700日を満じて、9日間の断食・断水・不眠・不臥の“堂入り”に入り、不動真言を唱えつづけます。

 6年目は、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日。7年目は200日を巡ります。前半の100日間は“京都大廻り”と呼ばれ、比叡山山中の他、赤山禅院から京都市内を巡礼し、全行程は84キロにもおよびます。最後の100日間は、もとどおり比叡山山中30キロをめぐり満行となるものです。

考えただけで過酷な「行」でありますが、浄土真宗の教えはその「行」を、すべて阿弥陀さまが私をすくいお浄土に仏さまと生まれさせるために全部成し遂げ下さったというのです。その「行」というのも兆載永劫(数えることができないほどの時間)のという量り知れない時間をかけて成し遂げ下さったというのです。親鸞聖人は「大行」といって私たちにお示し下さいました。私一人をすくうために。

 

 永代経は「南無阿弥陀仏」のおいわれと教えを伝えてくださったご先祖や近しい方を偲び浄土真宗の教えに出会えたことに感謝する法要でもあります。またその教えをお寺が永代にわたって存続していくことを願い勤まる法要に本日はようこそお参りくださいました。     合掌